2010/10/13

アンパンマン

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アンパンマンは食事をとらないらしい。

納得がいかない。
なんだかかわいそうじゃないかー。
というか、欲求もなく、悪意もなく、愛と勇気だけで形作られる人格というのが想像できない。もやっとする!

でもアンパンマンのマーチはやっぱり名曲です。
今日も涙。

2010/10/05

おめでとう!

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土日は火の国熊本へビューン。
阿蘇山へ登らず温泉にもつからない週末旅行の目的は、友達の結婚式。中学時代の剣道部同期。葛飾柴又から飛び出して、まさかの熊本でケーキ入刀! 親しい男友達では第一号です。

二十歳すぎてから、就職してからもっと、涙腺はゆるむ一方。
結婚式も何度か行ったけど、ご両親が登場するともうだめです。

ガチガチに緊張しつつも、幸せなオーラに守られてスピーチをこなした新郎。見ていて誇らしかった。ときどき目を合わせて顔をほころばせる二人は、もうすっかり同じ顔をしてました。

2010/09/15

秋だぜ

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iPhone3GSはなんとなくトイカメラ。カメラとして使いやすいとはいえないインターフェイス、甘いフォーカス、融通のきかない露出。でもそれがけっこう楽しい。
4はHD撮影までできちゃうくらいだから、まともなカメラになっちゃってるのだろうか。

今日は人の代行で突然降ってきた仕事。普段とは違うとこに行くと、ドライブも歩くのも楽しい。
目的地の文化センターの窓の外へふと目をやると、もうすっかり秋ですね。今年はほんとに暑かったから、空気が秋ですよと言っていても、なんとなくうそくさ~という感じだった。でもこうして風景も変わってきたら、納得しなきゃな。

帰り際、車に戻る前にすこしだけ外をぶらぶら。建物の脇を流れる小川に亀がいた。二匹いて、大きい方の一匹は石の上で甲羅干し。小さめのもう一匹は、うまく石の上に登れずに何度もずり落ちてた。結局登れなくて、しまいに諦めて、半分水につかったままぼーっとしてた。それでも悪くはなさそうだった。


くるりの新譜がとてもよかった。会社帰りに迷わず購入。
あっちへ行って、そっちへ行って、ここでまたひとつ落ち着きどころを見つけた感じ。地に足のついた、最高に良質なポップス&ロック。嘆きにも怒りにも囚われず、かといってありもしない素晴らしき未来を信じ込ませるでもなく、ただただ今ここを通り過ぎていく小さな輝きを音にふくませる。そんなアルバム。

2010/09/01

着地点

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父に付きあって、富士総合火力演習を見てきた。4時半に起きてさいたまから静岡へ。
総火演へ行ったのは小学生以来かな。父はもう長いことサラリーマンだけど、若い頃は自衛隊に所属していた。家が貧乏だったから、勉強しながら給料のもらえる防衛大へ入ったということらしい。
久しぶりに見る戦車砲や対戦車誘導弾は思いのほかすごい迫力で、耳が痛かった。安全なところから見ている分には男子として興奮するけど、ああ、戦争には行きたくないな。
人が点にしか見えない高度から降下するパラシュート。父も昔空挺団にいたらしい。今の体形からは想像できない。レンジャーもやっていたと言うから、あまり身体の強くない父としては相当無理していたのだと思う。




帰りには母方のじーちゃんちに寄った。
じーちゃんは13人兄弟の12番目で、上の兄弟はみんな戦争で亡くしたらしい。じーちゃんも志願して試験を半分合格していたのだけど、ひいばーちゃんが「うちはもう十分お国に尽くしたのだから、これ以上はうちの男を取らないでくれ」と、泣いて懇願したのだそうだ。じーちゃんはいっぺんに気持ちが変わってしまって、2次試験の答案は白紙で出してきたという。
当然先生には怒られ、非国民とまで言われたらしい。

そうしてめぐりめぐって、僕が生まれましたとさ。戦争はやめよう。

2010/08/24

沖縄のこと

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とくべつ、言葉にしようという欲求が湧かなかった。写真も殆ど撮っていない。(初めのうちにいくらかiPhoneで撮った写真は、iPhone本体と一緒に天に召され…いや、海に還った。)
けっこう、…じゃない、かなり、スピリチュアルな旅だったと思う。口に出すと壊れてしまうとか、嘘になるとか、あるいはそういうことなのかも。

どっしりとしたエネルギーを感じる、古い集落跡の残る森を子どもたちと探検したり、斎場御嶽へ参ったり。他にも色々とあって充実した6日間だったけど、総じて五感のいっこ上を刺激されるような日々でした。帰ってきてから、ほんと、埼玉とか東京って閉じているなあと思う。

むこうで突発的にCoccoを聴きに行くことにしたのもよかった。『陽の照りながら雨の降る』を沖縄で聴くのは、小さな夢のひとつだった。
生で聴いたのは2度目だけど、彼女が歌う姿を思い返すと、不思議な感覚に陥る。実際はそれほど近くもない席で小さく見えているはずなのに、感覚の上ではすんごく大きい。もう、どアップって感じ。
楽曲の出来、歌唱力、ライブの昂揚感で感動させるアーティストはたくさんいるだろうけど、Coccoっていう体験は他で感じたことがない。彼女の場合、「歌」が、完全に身体という器のふちを超えて溢れてしまっている。
とうぜん、CDになんか収まらないんだ。映像でも難しい。身体で向き合って初めて、そのスケールがわかるような。
どうしてあんなに危うく、生きるのがままならない人なのか、声を聴くとわかる気がする。

2010/08/13

iPhoneでしか撮ってないな

はいさーい